農薬に我が命を捧げる

柚の花やあの冬想い一人酔う 牧童

僕は果物が好きだ。一番よく食べるのは柑橘類。グレ-プフル-ツやカルフォルニアオレンジは一年中、よく食べる。グレ-プフル-ツが続くとオレンジが食べたくなり、オレンジが続くとグレープフルーツが恋しくなる。
先日、近くのス-パ-で一袋5個入りのオレンジを買った。朝、食べようと皮をむくと、なんと中央に真っ黒で、しかも大きな幼虫(ウジムシ)の死骸があった。虫が大嫌いな僕は全身が凍てついてしまった。
こういう場合、僕はすぐさま廃棄し、見なかったこと、なかったことにして、平常心を取り戻すことにしている。しかし今回は違った。長い別居生活の間に主婦感覚が身につき、このまま捨てるのは馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。
ゴミ箱から幼虫付きオレンジを拾いあげ、しげしげ見つめては歎き、ビニール袋に入れてはため息をつき、テ-ブルの上に置き、会社に向かった。
一日、仕事が手につかなかった。
果物の値段は日々変動している。品質も異なる。もし同等金額の返金で済ませるようであれば、怒ることにした。
金で済む問題ではない!
子はこの虫を見て気絶し、妻は発狂、僕は大好物のオレンジを二度と食べれなくなったのだ。さあ、どうしてくれるんだ、この始末。
これで晩酌代くらいはもらえるかもしれない。
退社後、幼虫付きオレンジをしげしげと眺める。見慣れてくると、また見たくなる。
ス-パ-の果物売場責任者を呼びだし、証拠物件を差し出す。周囲に買い物客がいるにもかかわらず、その場で袋を開けようとしたから、僕はドスを聞かせた声で「兄ちゃん、ちょいと待ちな。ここで開けたら、回りのお客さんが驚きますよ」と忠告。
「ドヒャ~」
事務所から男の悲鳴が聞こえた。何度も詫びられ、待たされ、同等のオレンジ3個をもらい、僕は優しく微笑んだ。
「お客さん、また虫がいるかもしれませんので、念のため3個お持ち帰りください」という果物売場責任者の言葉を思い浮かべながら、恐る恐る食べた。
オレンジはやはり美味い。

野菜や果物に虫などいないほうがいい。虫付きの有機栽培より、安全な農薬を開発してほしい。虫は付かないが、人間は美しい肌になれるという成分の農薬の開発だって不可能ではないだろう。

自然は大切だ。しかし我々が求めているのは、ありのままの自然ではなく、人間にとって都合がいい自然なのだ。
それでいい。