2015年題詠短歌100

001:呼
亡き今は枯葉の風も追うように
われ呼ぶ母の声に聴こえて

002:急
いつか来る死とは思えど急だった
そんな気がする風になる母

003:要
人生の要の時はいつだって
母がいたはず微風の中に

004:栄
栄え失せ焼夷の風を逃げまどい
平和に飢えた母の青春

005:中心
あの日々の風よみがえるアルバムは
子を中心に母が寄り添い

006:婦
老いてなお風の水面の夫婦鳥
水中の苦労子は知らぬまま

007:度
窓の風温度ばかりを高めゆく
母の生命は冷えゆくままに

008:ジャム
このジャムは母の手作りあと少し
思い出ひとつまた風に消え

009:異
いつもとは異なる朝の風さわぐ
母亡き庭の草木は枯れて

010:玉
息吐けば風に舞うよにシャボン玉
母の面影浮かんで消えて

011:怪
妖怪の母でいいからあの世まで
会いに行こうか丑三つの風

012:おろか
風吹けば門扉はおろかドアノブも
音も凍てつく亡き母の家

013:刊
取りに行く母亡き日々の朝刊は
読まれぬままに風雨に染まる

014:込
風流に書き込められた一行に
苦しいとあり断末魔の母

015:衛
僕はただ守衛のように仮眠する
死に行く母と無風の闇で

016:荒
細々とやつれて荒れた手で招く
病の母に風が応える

017:画面
遺影とは異なる画面若き日の
ママに駆け寄るサルビアの風

018:救
風の中母と最後のドライブは
救急車で向かう病院

019:靴
秋風に季節はずれの靴二足
母が遺した動かぬ物質

020:亜
亜鉛華に固まる母の死顔は
遺族の風になびかぬままに

021:小
また少し小さくなった母がいる
棺に花と最後の風を

022:砕
砕かれた枯葉が風にあしらわれ
母を求めて追われるように

023:柱
線香が母の残り香変えていく
柱時計の音も秋風

024:真
若き日の写真の中の母が母
老けた姿は風に燃やそう

025:さらさら
さらさらと汗も涙も風の中
母が好んだソーメンタイム

026:湿
風は止み湿地の闇は静まりて
白木位牌の母と二人で

027:ダウン
死ぬ母の風に乱れた心電図
旅が始まるカウントダウン

028:改
改めて母を偲べばまた風が
あの日この日の思い出乗せて

029:尺
尺貫の時代に母が買ってきた
五文の靴で風を駆け抜け

030:物
通夜一人ふとよみがえる物語
母の匂いと団扇の風と

031:認
認印ひとつ押すごと母の死が
戸籍の底で風化していく

032:昏
呼びかけど母は応えず微笑まず
昏睡のまま黄昏の風

033:逸
時を止め母を殺して逸脱の
風はおさまりまた熱帯夜

034:前
「もういいよ行きな母さん」のろのろと
風車が止まる死の前夜祭

035:液
手を清め消毒液を風で拭く
死にゆく母に懺悔できずに

036:バス
ソプラノがバスへと変わる呻き声
熱風は凍て母は無言に

037:療
治療法途絶えて母は死出を待つ
風に微笑む最後の寝顔

038:読
病床の母の想いを読み取れず
カップ酒干す風下の闇

039:せっかく
せっかくの介護保険も使わずに
風雪に耐え生きて死ぬ母

040:清
病床のベタつく白髪清潔を
好んだ母にせめて清風

041:扇
子供らが眠りつくまで団扇風
おくりつづけた母があの世に

042:特
特にない母の遺品を漁る秋
古びたヤカン騒ぐ風鈴

043:旧
旧道を押す車椅子母を乗せ
これが最後の追い風の坂

044:らくだ
黎明にらくだのシャツで行く父を
風と見送るアカギレの母

045:売
声もなく母の位牌に隙間風
やがては売りに出される家で

046:貨
野辺の風母の遺骨に生命なく
貨物列車で運ぶみたいに

047:四国
四国さえ遠いからと行かぬ母
黄泉へ旅立つ風立つ朝に

048:負
風洗う焼野原立ち負けたのは
自分じゃないと母は生き抜く

049:尼
春風の尼僧のように微笑みて
息子を許す母の死顔

050:答
墓参りあの世はどうか母に問う
答え聴こえずヒュと北風

051:緯
つらい風北緯何度に舵とれば
あの世の母にたどりつけるか

052:サイト
母に似た人を求めて彷徨える
サイトの闇に生ぬるい風

053:腐
寒風の一人の部屋で冷奴
昨年までは母と湯豆腐

054:踵
母偲び涙なみだの葬儀終え
踵返してそれぞれの風

055:夫
夫婦とはなんなのだろう母の死を
認知の父は知らぬ風情で

056:リボン
リボン付け袴の母が風に立つ
子を産む前の古きアルバム

057:析
涙から析出されぬ悲しみは
風に消えたか母の納骨

058:士
友同士語り広がる風聞は
母とは別の女の葬儀

059:税
形見分け清貧風に色あせた
税がかからぬ母の通帳

060:孔雀
母の死後母に似てきて猿よりも
孔雀の前の風を楽しむ

061:宗
葬儀社に宗派伝えて慌ただし
母臨終の朝風乱れ

062:万年
生前の母が育てた万年青らも
秋風のなか雑草となる

063:丁
母の死後知る本籍は二丁目で
僕が知らない風が吹く街

064:裕
裕然と死を待つ母を茫然と
ただ眺めては風も忘れて

065:スロー
死に至るスローな時を繰り返す
母と二人で風圧の部屋

066:缶
薫風を味わいながら缶ビール
母が死に行く病室なのに

067:府
冥府から母の誘いが来るを待つ
午前三時の窓打つ風雨

068:煌
棺には風は届かず煌めきを
増すは花だけ母は死顔

069:銅
母偲ぶ涙が銅を腐蝕させ
あの風色が版画のように

070:本
母看取る僕の本音は涙ほど
哀しくなくてただ風穴が

071:粉
粉々に火葬の骨は崩れ散り
熱風に母は揉まれて消えた

072:諸
生前の母を騙した諸々を
詫ぶ独り言こがらし吹けば

073:会場
「ママはどこ?風が寒い!」と探す父
母の葬儀の会場なのに

074:唾
唾棄すべき男を母は息子ゆえ
風の香りで守って死んだ

075:短
風薫る母病床の短期間
あれやこれやと思い出話

076:舎
病舎には快適な風ながれても
横たう母に死の臭いして

077:等
死も風も平等なのに母の死は
自分ひとりが損した気分

078:ソース
母偲び名店のカツ買い求め
ソースたっぷりかけても哀し

079:筆
達筆な母の最後のメモ帳は
風に乱れたようで読めない

080:標
反戦は母が遺した道標
逆風のなか孫やひ孫は

081:付
付きまとう死神の風臭気増し
母微笑めどまた苦しげに

082:佳
佳麗なる母の面影いまはなく
風にかわいた涙やつれて

083:憎
母憎む思いは確かあったけど
風よ帰ろう幼き日々へ

084:錦
母望む錦飾れず風なびく
喪服姿で母の遺影を

085:化石
積年の汚れを風に飛ばし掘る
母が遺した教えの化石

086:珠
風誘う珠数玉ひろい手づくりの
母の思い出今日は葬式

087:当
訳もなく当たり散らした反抗期
風にも涙母なき今は

088:炭
樫焼けば備長炭に母焼けば
風に舞う骨もろく崩れて

089:マーク
病床の風が付けたかデスマーク
窶れた母の腕にポツリと

090:山
山場越え嵐いままた静まりて
まだ生きている母に寄り添う

091:略
侵略の焼土の風に涙した
母に病魔がまた攻略を

092:徴
風雲よ漸く母は徴兵で
惨殺された伯父のもとへと

093:わざわざ
わざわざとニヤリ顔出しまた消える
母の枕辺死神の風

094:腹
母の死期僕を宿した腹だけが
風船みたく膨らんでいた

095:申
最後まで介護保険の申請を
拒み死ぬ母まるで風刺画

096:賢
死ぬ母は良妻賢母だったのか
風に聞いても笑われただけ

097:騙
臨終の母を優しく包む風
騙されたのか騙したがわか

098:独
死ぬときは母も一人で風哀し
慕われながら孤独みたいに

099:聴
風に聴く死後の世界の母は今
何を想いて何を哀しむ

100:願
風の墓母の快気を願掛けた
なんて嘘です知っていたから