病気にならない生き方

「運び来るものは病か春一番」牧童



世の中にはいろいろな健康法が氾濫しているが、自分に合う健康法を見つけだすのは難しい。



僕も60歳を過ぎ、そろそろ自分に合った健康法を身につけたいと思うのだが、なかなか長続きしない。健康法にようやく慣れた頃には、おそらくはもう身体がボロボロになっていて、取り返しがつかなくなっているに違いない。

日々刻々と病魔が歩み寄ってくる。

身体と心がすっかり蝕まれた頃、あの時、あの健康法さえ実践していれば、今こんなに老いに苦しまず、もっと健康な肉体を手にしていたはずだと思うのだろう。



今までの悪習慣を深く反省し、酒を控え、姿勢を正し、ネットも恋もひかえ、少し走ったり、病気にならない生き方を心がけて数か月たった今、体調がすこぶる悪い! 病気にならない生き方をはじめたら、急速に老化したような気がする。



そうか!

これで浦島太郎伝説の謎が解けたぞ。



玉手箱を開けた浦島太郎は急速に老け込んでしまった。浦島太郎は悔やみに悔やんだ。なんで亀など助けてしまったのだろう。助けなければ、竜宮城にも行かず、まともな妻と一緒に暮らし、病気にならない生き方ができたのに。竜宮城に入りびたり、なんであんなことそんなことまでしてしまったんだろう。遊ばずにもっと真面目に働いていれば、今ごろ健康生活ができたのに。



煙が消えた玉手箱の底には『秘伝・これが病気にならない生き方だ』と表書きされた巻物が入っていた。もしかして、これを読めば若返るのかもしれないぞ。浦島太郎は不気味な笑みを浮かべ、皺くちゃになった細い腕を伸ばした。



それにはこう書いてあった。



・愚か者め。生活習慣なんぞ正しても病気は治らないぞ。

・死ぬまで竜宮城で酒や女と遊びほうけ、夢を見続けていれば、お前は幸せに死ねただろうに。

・酒を止め、女を忘れ、夢から醒めた時こそ、急速に病・老・死の煙に包まれるのだ。



というようなことが巻物には書いてあった。

浦島太郎は落陽に向かって落涙した。

さらに悔やみに悔やんだ。



そうだ!

もし、あの時、現世の良識に惑わされて、我が身を振り返らなければ、竜宮城で死ぬまでウッシッシな暮らしができたんだ!



病気にならない生き方を試みようとした時にはすでに病に冒されており、健康を求めれば求めるほど、病を引き込むことになる。



僕はどうやら玉手箱を開けてしまったようだ。髪は総白髪になってしまったが、陰毛にまだ少し黒いのが残っているうちに、早く竜宮城に行かなくちゃ、生命が危ない!