小さな死

「また家に帰れぬ夜更け梅雨寒し」牧童

貧乏暮らしの僕は昼食の金を惜しみ、小銭で酒を飲む。最初は軽くと思いながら、もう一杯もう一杯と安酒を飲み続け、いつの間にか限度を越してしまう。
電車に乗った途端、意識を失い、高鼾で乗り過ごす。とんでもない駅で降ろされ、しかも帰りの終電車が出てしまった後に取り残されてしまう。
朝まで飲み明したり、オールナイト映画やサウナ、野宿や徹夜徘徊など、今までに何度となく帰れぬ夜を過ごしてきたのだが、老いゆく身体にはこの苦行も辛く、飲み代よりはるかに高いタクシー代を払うことになる。実に馬鹿馬鹿しい。けどまた繰返す。
最近、特にひどくなり、少量の酒でもすぐに意識を失い、深い眠りについてしまう。

性行為の後もそうだ。
性行為の後、男も女も短いけれど深い完璧な眠りに落ちることがある。
これをフランスでは「小さな死」というそうだ。この眠りから先に目覚めるのは、どうやら男のほうが多いらしい。ところが僕の場合は大概女のほうが先に目が覚めている。
「小さな死」に加えて、酒を飲んでいるから眠りが深くなり、「中くらいの死」の世界を漂いながら鼾をかくから、隣の女はたまらず目が覚めてしまうようだ。

いずれ「大きな死」がやってくれば鼾もかかなくなるだろう。