ただの木になる

寒き朝閨の想いが溶け込んだ
湯湯婆の湯で笑顔を洗う

湯湯婆は役目を終えて冷え冷えと
春に消された老婆の骸(むくろ)

閉ざされた地中の闇も春めいて
顔を出しましょ土筆みたいに

口紅の色淡くして待つ君に
風より先に春の口づけ

ありがとう。そうつぶやいたこの女(ひと)も
笑顔のままで旅立つ地獄

雨に濡れ散りゆく花か身を濡らし
咲きゆく花か春はさまざま

止まぬ雨桜みぞれとなりて落つ
ビニール傘に花びらを乗せ

群衆は闇に消え去りスポットは
孤独な我と一本の桜

酒なしの花見の良さがようやくに
わかる齢か桜餅食む

この桜人さえおらぬ公園で
咲いては散ってただの木になる