早すぎる女

「一年中食ってる気がして初鰹」牧童

「目に青葉山ほととぎす初鰹」
季語を羅列しただけのこの俳句、なぜかいい。初夏の躍動感が伝わって来て、僕も溌剌となり初鰹で一杯やりたくなる。
五月に生まれたせいか、僕は五月が好きだ。子供の頃、誕生日になると苺と出会えるのがうれしかった。
この季節になると初鰹も姿を現す。初物を食べると長生きするぞと教えられ、初鰹、初鰹と喜ぶ両親を見ながら一切れ食べる。子供の口にはその美味さはわからなかったが、それでもうれしかった。成人し、緑の風の中で厚めに切った初鰹を口に投げ込み、冷や酒を飲み干すと大人になった自分と出会えたような気がして、それだけで笑みがこぼれた。
いつの間にか初鰹より下り鰹のほうが美味いと言われ出し、秋に食い、今では一年中、鰹を食べているような気がする。
外では桜が散り、ツツジが咲き、夏は暑く、冬は寒い。日本にはまだ四季が残っているのに食べ物の旬がどんどん消えていく。
苺の最盛期がクリスマスの頃になり、もうすでにスーパーではスイカが売られている。

まだ早い!と僕は思う。

久しぶりに会えた女とラブホに向かった。彼女と会える日を心待ちにしていた僕ははやる気持ちを抑え、冷静を装い、ロックウィスキーを口の中で楽しむ。僕は待つことが好きだ。待つことが楽しい。今まで待たされた想いを味わいながら、ウィスキーをつぎたす。
女は一人先にシャワーを浴び、全裸でベッドに潜りこんだ。
まだまだ早すぎる、楽しみはもう少し後に残しておきたい。
女が手招きで僕を呼んでいる。

まるで旬にはまだ早すぎるのに登場してくる食べ物のような気がした。

それで?
もちろん彼女にすぐ飛びついたよ。