保存されたメール

「梅雨に濡れ送る宛なきこのメール」牧童

伊豆高原に向かっていた。僕の前に若いカップルが座った。車中、ずっと言葉を交わさず、携帯を凝視していた。楽しそうな雰囲気が伝わって来ず、僕には異様なカップルとしか思えなかった。この間、僕が何をしていたかというと、勿論、いつものように携帯を握りしめていた。僕だって携帯中毒なのだからしかたない。

女と話すのは苦手だが、メールだと恥じらいもなく、口説き文句が浮かんでくる。不思議なことに、携帯を手にすると、妙に恋愛感情が高まってくる。車中や人混みの中でも携帯さえ手にすれば、瞬く間に僕の周囲は壁で覆われ、孤独で自由な、まるでトイレに閉じこもっているような感覚になれるのだ。

僕はトイレが好きで、便座に長時間座り、携帯を持ち込みメールを書いている。携帯片手に便座に座ってラブメールを書いている時がいちばん自由で至福な時となる。

トイレに籠らなくても、集団の中でも携帯があれば周囲の目が気にならなくなる。携帯さえ手にしていれば誰からも愛されていない寂しい奴だとは思われないだろう。二人して携帯を見つめていれば隣の女の機嫌をとるための会話も必要ない。

携帯であらゆる世界とつながることができる反面、携帯は核シェルターのように外部との交流を遮断してくれる。これって快感だ。

また小雨が降り出した。雨に濡れながら、今朝、トイレで書き上げたラブメールを読み返す。なかなかの出来栄えだった。はて、さて……このメール、誰に送信しようか?

送る相手が見つからないまま、このメールは携帯の奥底に保存された。